#6:来月からオレ、サラリーマンになる

2020.11.5
#6:来月からオレ、サラリーマンになる




 元々の所属先として吉本興業に所属しているので、勿論サラリーマンとしてソノリテに就職する前にマネージャーに報告して会社にも確認してもらう。
 事務所によってはタレントのアルバイトは禁止の所もあるが、吉本興業は何せ大き過ぎる。6千人〜1万人と言われる総所属芸人数も実は誰も正確な数字は把握していないんじゃないか?と思う程。
 副業をやられている師匠もいれば、お店の経営やプロデュースをしている人、色々な資格を持って別の仕事をしながら芸人として吉本に所属している人、社長兼芸人もいれば技術者や医者もいる。
 昨年、闇営業問題の時の余波で話題になった吉本興業の契約問題。吉本には契約書はない。ギャラの配分も不透明。しかしそれは吉本だけの話ではない。我々は最初に入った事務所とも契約書は交わしていないし、配分だって向こうの言い値。それが半々だと言われれば事務所を信用するしかないし、いちいちその仕事はいくら?この仕事はいくら?と聞いてから仕事を受けていない。
 オレはこれは別に悪いこととは思わない。昔からそうだし、最初からそうだから。それを知ってて仕事をしているワケだから。
 しかし時代は変わった。契約も変わるべきだ。とゆうのは芸人側だけが主張しても成り立つ話ではない。やはり事務所側、芸人側双方で話して決定していくしかない。が、それをやるにしても吉本興業は大き過ぎる。
 実際連日この問題がテレビや新聞、雑誌で報道され、吉本興業にも契約書とゆう様な物が出来たけど、殆どの芸人が、今まで通り、とゆう契約を選ばさせられた。今まで通りとゆうことは、今までと変わらないとゆうこと。
 エージェント契約は数名。
 文句は言っちゃいけない。こんな状況の中でも勝ち上がっていった芸人は多々いる。1億円プレーヤーが何人もいる。吉本興業で勝ち上がるとゆうのはそうゆうことなのだ。
 我々も安定した収入を捨てて2009年に吉本興業に飛び込んだ。年収はそれまでの半分、いや、それ以下の年もあった。オレと松田さんが同じ時期に離婚をしたのはつまりそうゆうこと。金の切れ目は縁の切れ目。
 吉本はメジャーリーグ。一軍に上がれば億万長者、一軍半なら数百万〜数千万。
 それはもう自分たちで勝ち獲るしかない。
 ない、のだが、
 妻子持ちはいつまでも呑気にいられない。
 もしオレが独身なら、意地でも芸人以外の仕事はしないでしょう。
 独身なら何とでもなる。
 芸人は何とでもなる。
 しかし、妻と子供がいると、そこは守らなければいけない。
 結婚をした以上、離婚を迎えない限りは妻の面倒を見る。
 産んだからには安心して暮らせる様に責任を持って子供を育てる。
 最低限の稼ぎは必要。






 2年前、前日から40度の熱が出ていたが、会社から行けと言われて大阪に行った。フラフラになりながら新幹線に乗り、新大阪からタクシーで劇場へ。なんばグランド花月で漫才。1日4ステだったが、3ステ目終わりで楽屋で呼吸が苦しくなり東京へ帰ることに。タクシーに乗り、ひとりで新大阪駅に向かっていたが、呼吸は更に苦しくなり、行き先を変更して救急病院へ。受付で倒れ込み、体内酸素数を測ると67。通常は97〜98。90を切ると重症と言われている。
 救急治療室には「死ぬぞ!」「死ぬから家族を呼べー!」とゆう怒号が何度も響く。
 あぁオレはここで死ぬのか。と覚悟を決める。
 娘に悪いことしたなぁ。まだ幼稚園の娘はパパのことが大好きだ。
 死を覚悟して天井を見上げていると左側に娘の顔、右側に松本人志さんの顔が浮かんできた。それはお月様と太陽の様だった。
 ICUに移動し酸素吸入器で酸素を体内に取り込む。身体中に心電図のコードや色んな管が繋がれている。
 「死ぬから家族を呼べ」と言われて来た妻と娘が来たのは23時を回った頃。
 私の体内酸素数は戻り、90を超えていた。
 芸人には何の保証もない。
 この時死んでいたら、妻と娘に残せる物は少なかった。
 芸人が保険なんて入ってどうするんだ?
 宵越しの金は持たん!
 とゆうスタイルで生きて来たが、それはオレが独身なら成立する話だ。
 娘の事は全力で守らなければいけない。
 娘が思春期を迎え「パパ嫌い」と言うまでは、全力で育ててやる。
 1度死を覚悟した人間に怖い物はない。
 恥も何もない。
 死を覚悟した時にお笑い界に松本さんが引き戻してくれた。
 パパまだ死んじゃヤダ!と娘が引き戻してくれた。
 オレはそう思っている。





 サラリーマンになることに、妻は「よかったじゃん」と喜んでいた。
 収入源がふたつあると妻として安心するのだろう。





 入社前に松本さんにもメールで報告させてもらった。
 松本さんは折り返しのお電話をくださり、心配してくださった。芸人が完全に順風満帆で、忙しい日々を送っていたらサラリーマンにはならないからだ。
 後ろ向きにはならず、面白おかしくやります、と言った。
 数十分後、
 何かあったらいつでも、なんでも言ってくれとゆうメールが松本さんから届いた。
 ただただ御礼を述べた。





 松田さんにはルミネtheよしもとの出番の時、袖でスタンバイしている所で「オレ4月からサラリーマンになるから」と言った。
 松田さんは、えっ!?とゆう顔をしたが、「こっち(吉本)のスケジュールは全部やるから。それは向こうの社長さんに了承してもらっているから」と言うと、「そうなんだ」と少し安心した顔をした。
 オレたちの出囃子が掛かり、大トリとしてオレたちは舞台に向かった。
 来月からオレ、芸人兼、サラリーマンになる。


#7に続く……